川原湯温泉

川原湯温泉 「水没」前に人気再燃 群馬の秘湯

 八ッ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)の本体着工(09年度)を目前に、水没予定地にある川原湯温泉の人気が再燃しつつある。「景色を見られるのは今だけ」と、県が水没を逆手にとったPRを展開、団体宿泊客への助成などが奏功した格好だが、ダムを巡っては、民主党が建設中止を掲げるなど反対の動きも活発化。論争の高まりが宣伝効果につながる皮肉な現象となっている。

 温泉は、源頼朝が狩りの帰りに発見したのが始まりと伝えられ、明治期の歌人、若山牧水が愛した秘湯。だが、ダム建設の影響で旅館主らの転出が急増、最も活気があった80年代に22軒あった旅館は、7軒に。宿泊客も98年の約10万人から07年は約3万人に減った。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090316-00000019-maip-soci

ぜひ、一度は訪れたい温泉です。

春になったら、高速道路で・・・・

楽しみです。



伊香保温泉

古くは万葉集にも登場する名湯「伊香保温泉」【福一】

● 古くは万葉集にも登場する名湯「伊香保温泉」【福一】


素晴らしい眺望と落着いた雰囲気の中で、旬の素材を吟味した会席料理を。

守り伝えし湯のこころ【伊香保温泉 福一】


[詳しくは↓]







伊香保温泉

伊香保温泉日本の名湯

伊香保温泉(いかほおんせん)は、群馬県渋川市伊香保町(旧国上野国)にある温泉。草津温泉と並んで県を代表する名湯で、上毛かるたでは「伊香保温泉日本の名湯」と歌われた。


●泉質

硫酸塩泉:黄金の湯
メタけい酸単純泉:白銀の湯




●温泉街

石段街の両側に温泉旅館、みやげ物屋、飲食店などが軒を連ねている。石段は温泉街のシンボルである。石段の下には黄金の湯の源泉が流れ、小間口と呼ばれる引湯口から各旅館に分湯されている。石段の上には伊香保神社が存在する。

石段上の源泉周りは整備されており、源泉が湧出する様子を見ることができる。また石段から源泉までの遊歩道の途中に飲泉所も存在する。源泉の傍には「伊香保露天風呂」が、石段の途中には共同浴場「石段の湯」が存在する。また温泉街の近くには日帰り温泉施設「金太夫ベルツの湯(現在、休館中)」が存在する。

温泉街と近くの物聞山にある上ノ山公園を結ぶロープウェイが存在する。

温泉街の周辺には榛名山や、水沢うどんで有名な水沢観音などが存在する。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

猿ヶ京温泉

猿ヶ京温泉


猿ヶ京温泉(さるがきょうおんせん)は、群馬県利根郡みなかみ町(旧国上野国)にある温泉。

アクセス
鉄道:上越新幹線上毛高原駅よりバスで約50分。

泉質
ナトリウム・カルシウム-硫酸塩塩化物泉
源泉温度42〜58℃


温泉街
旧新治村の、ダム湖である赤谷湖のほとりに16軒のホテル、旅館が存在する。それ以外にも温泉民宿が多数存在し、それらを含めると約40軒の施設が存在する。

日帰り入浴施設は2軒存在する。「まんてん星の湯」と「猿ヶ京温泉センター」である。

温泉の発見は約400年前とされる。開湯伝説によれば、猿が大やけどを負った子供を温泉に入れて助けた、とされる。また、猿ヶ京の地名は上杉謙信の命名とされる。唐申の年、申の月、申の日に、申年である謙信が縁起の良い夢を見たことに因んで地名を「申ヶ今日」と改め、後に漢字が現在のものに変わったとされる。ただし、温泉の名前は笹の湯、または湯島温泉と呼ばれていた。

昭和33年、ダム建設により温泉地がダムの湖底に沈むことになり、現在の温泉街が存在する場所へ移転した。その時から温泉名も猿ヶ京温泉を名乗るようになった。ダムに沈んだことがある温泉地は、他にも日中温泉、鶴の湯温泉、入之波温泉、大牧温泉、大塩温泉などが存在する。

2005年10月1日のみなかみ町誕生に際し、大字が「猿ヶ京」から「猿ヶ京温泉」へ変更となった。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

磯部温泉

磯部温泉

もより駅はJR磯部駅。
長野新幹線安中榛名駅より定期バスあり。 
上信越自動車道・松井田妙義インターチェンジから10分。

含銅・鉄(U)−ナトリウム−塩化物・炭酸水素塩強塩温泉

駅前が温泉街である。

碓氷川に架かる愛妻橋・鉱泉橋からは妙義山を展望できる。鉱泉橋近くには足湯がある。愛妻橋の磯部駅側に市営の日帰り温泉施設「恵みの湯」があり、温泉の他に砂塩風呂もこの施設の名物となっている。


1661年、土地の境界をめぐる訴訟があり、このときに江戸幕府から出た判決文の地図に温泉記号が存在した。2004年現在、これよりも古い使用例が見つかっていないことから、温泉記号発祥の地とされる。

1783年(天明3年)の浅間山の大噴火で湯量が増したといわれる。

温泉記号発祥の地ではあるが、源泉温度は時代を経るにしたがって低くなっていき(旧源泉:24℃)、旧来から沸かして使われていた。ただし、のちに掘られた新源泉はこれよりも温度が高い(52℃)。

明治の児童文学者・巌谷小波は舌切り雀の伝説が伝わるという磯部を訪れ、舌切り雀の昔話(日本昔噺)を書き上げた。おとぎ話自体は各地で昔からあるものの、巌谷小波が児童文学として現代に残したことにより、磯部温泉は舌切雀伝説発祥の地とされている。なお、「舌切雀のお宿ホテル磯部ガーデン」には巌谷小波がその時詠んだ句、「竹の春 雀千代ふる お宿かな」の句碑がある。

名物
磯部せんべい - 鉱泉を利用し、薄く焼いたせんべい。

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